遁世雑記其ノ二十三 「いき遅れた老骨もまた儚し」

先日、2人の友人と駅前を歩いていると、左前方にニット帽を被った平凡な老人がいるのに気付いた。
その老人たるや歩く速度が非常に遅く、20m近く離れて歩いていた俺たちがものの数秒で横並びになるという物理学の常識を覆しかねない珍事が発生した。
しかし直後、そのような珍事を圧倒的に凌駕する珍事が立て続けに発生したのだから人生は面白い。
その老人が突然俺に話しかけてきたのである。

「……話は変わるんやけどな」










( ・_・)(・八・ )






いやいやちょっと待て。
たまたま横を歩いてた若者を捕まえて「話しは変わるんやけどな」って何だその斬新な会話術は



俺は思案した。もしかすると、これは俺よりも50年多く人生を経験したこの老人が身に付けた一つの処世術ではないか?

つまるところ、女性がいきなり近付いてきた男に「今何してるの?」とか「一人?」とか尋ねられた場合はナンパに相違いないわけであって、興味のない女性ならば「今忙しいので」と見向きもせずに立ち去るのが通例であるが、男の第一声が「話しは変わるんだけど」であった場合どうなるであろうか。

突然、初対面の男にそう云われると、女性は「えっ、何?」と足を止めざるを得ないのではないか。
そうなるとこれはもう男のペース、「話しは変わるんだけどお茶しない?」などと語尾を付け足せば、気が動転している女性は思考回路に深刻な支障をきたし、「え、あ、はい」と思わず承諾し、思いのほか話が弾んだ結果その1時間後にはホテルに直行という可能性もあり得るのではないか?(真顔)





そう考えると、この切り出し方は深い。これは話しかけられた側にも相当な会話のテクニックが要求される。その返事によって、会話の主導権がどちらになり、その後どういった流れになるかが決定するからである。



これらの考えが僅か0.3秒のうちに脳内を駆け巡り、俺は「はぁ、何すか」思考を何一つ生かせてない盆暗な返事をしていた。

俺が微かな緊張で体を硬直させていると、老人は皺だらけの顔に更に皺を寄せ、ドスの利いた声で





「わしって、足が短いんかなぁ」

















知らんがな










あんたの足が短いかどうかは紅白歌合戦の勝敗くらいどうでもいいので知ったこっちゃないんだけども、表情は変わらず真剣そのものなので、会話を続けてみた。

「どうしたんすか」
「いやな、わしの足が短いんか思うて。わしの横、若いもんみんなスーっとな、追い抜いていきよる。わしなんかお前、道歩いとって何人に抜かれたか分からん」

ははぁ。つまりこの爺さんは周りを歩いている人たち全員が自分を追い抜いており、もしかすると自分の足が短く歩幅が狭いのが原因かもしれぬ、そうに違いないと案じて、自分を追い抜く若者の一人である俺に救いの手を差し伸べる意味を込めて悩みを打ち明けたのである。知るかボケ




「まぁ、みんな歩くの早いですからね」
「時代の流れっちゅうもんは、恐ろしいな」
「ほんまそうですね」
「兄ちゃんなんかお前、足長いのにわしと同じでゆっくりやがな」
「もう少しゆったりと生きたいもんですよね」
「兄ちゃんええマフラーしとるやないか」





もうちょっと話まとめてから来てもらえますかね






何が悲しくて昼日中からどこぞの爺さんと世間話をしなければならないのだ。気付けば俺の横にいた友人たちも、俺が話しかけられると同時に「ファサー」という擬音と共に5歩後ろに下がっていたため、これはもはや切歯扼腕、謎の爺さんはうーちゃんに任せておこうというオーラが背後から脳髄に伝わり、俺は一番左を歩いていたことに関して凄まじい後悔の念に駆られた。



「え、はぁ、どうも」
「恋人のプレゼントかいな、え?」
「いやー彼女はいないですよ。自分で買いました」
「わしそこの角にある飲み屋の常連やねん」








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何だこれは。
なぜこうもキャッチボールにならないんだ?
冒頭の「話しは変わるんやけどな」を適所に組み込んでくれということか?
会話の時系列を並び替えると成立するのか?
この爺さんはクリストファーノーランの映画なのか?


そこの角にある飲み屋の常連やねん、と口走った爺さんは突然豪快に笑い始め、「ほなな!」と手を振り、パチンコ屋の中を3秒ほど覗いてどこかに消えていった。

不意に訪れた別離に安堵するあまり、わけもわからず超爽やかな笑顔で「お疲れっす!」と口走ってしまったものだから、後ろから小走りで現れた友人に「今の人知り合い?(^-^)」と言われ、俺の中で小さな殺意が芽生えるのに時間はかからなかった。

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プロフィール

寂々兵

Author:寂々兵
都会の映画祭や名画座に指を咥えながら日々を過ごす、シネフィルでもマニアでもない田舎在住の一介の映画好き。たまにライターなど。ヒモになりたい。

好きな監督は
ジャン=ピエール・メルヴィル
クロード・シャブロル
エドワード・ヤン
アレックス・デ・ラ・イグレシア
岡本喜八
など。

最近は専らゼロ年代以降ヨーロッパの喜劇映画や80年代未ソフト化作品の大海をさすらっています。

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