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遁世雑記其ノ十二 「バス日記6 茜さす帰路照らされど、腹痛と激臭の辻」

確か1年ほど前の、夕焼けがえげつないほどに煌々と輝いていやがった日の話になる。
その日は学校からの帰り際、バスで死ぬほどの腹痛に襲われ、と云うか学校出て数分で余りの痛さに気を失って気付いたら駅前だったので一回死んだと思うんだけども、まぁ、なんやかんやで、駅に着いたらトイレに行けばええでっしゃろ、そんな軽い気持ちで姫路駅に降り立つと、時刻は17:48であった。

一部の諸兄姉は知っている通り、俺は真冬になると洗濯機の水道がガッチガチに固まり、熱湯ぶっかけてトンカチでぶん殴りでもしない限り水が通らぬほどの田舎に住んでいるわけで、バスの本数が滅法少ない。

今回の場合も、17:55のバスを逃すと1時間待たねば次のバスが来ないのであって、こんな姫路の駅前で1時間もどうやって暇を潰すねんアホンダラ、くだらねぇと呟いて冷めたツラして歩いてたんだけども、確か昔暇すぎる夏休みをジュンク堂で4時間過ごした歴史を無かったことにしつつ、腹痛のバイオリズムも収束しかけていたので、大人しくバスに乗ることにした。

さて、バスなんだけども、いわゆる後ろから乗って、中央通路を挟んで二人座りの席がずらりと並んでいる形式だったんだけども、ノンステップのバスとは違って段差が激しいため、お年寄りにはなかなかの鬼門である。
この日も、ちょっと押せばずっと揺れてそうなご老体が一人、バスに乗ろうとしていた。息子らしき男が先に乗り込んでいたんだけども、これがなかなかの奇想天外な風体で、カーボーイハットから天然パーマがもじゃもじゃとはみ出ており、顔は黒縁眼鏡にひげだらけ、靴下はピンク、すね毛丸出し、白タンクップという浜田の息子と山下清のキメラみたいな恰好をしていた。

後ろの父親はなかなか階段を上れず、息子が手伝ってくれると思ったら先に行ってしまったので、「チッ、ファンダラァ……」みたいなことを呟いて、周りの人が手を貸しつつ、1分ほどかけてバスに乗り込んだ。

俺もその後に続いて前の方の席に座ると、暫くして隣に老婦人が座ってきた。座るときに笑顔で「すいません」と丁寧に云ってくれたものだから、嗚呼、こんな老人になら年金払ってやってもいいなと思ったところで、鼻をつんざくような衝撃的な臭いが飛び込んできた。香水である。
俺は敏感肌ならぬ敏感鼻の持ち主で、きつい匂いには滅法弱く、香水やシャンプーの並んでいる店頭では白目を向いて昇天することでお馴染みなんだけども、今回のは今までのそれを軽く凌駕するほどの激臭で、鼻がもげてバスのフロントガラスを突き破って姫路城の天守閣に衝突して哀れに砕け散った。
それと同時に、治まっていたはずの腹痛が再びやってきて、降りようにもバスは発車するし、隣の夫人の匂いがきつく昏倒寸前、体も麻痺して動かぬものだから、眩暈を起こした。

腹痛、激臭、頭痛と闘うこと数分、俺はふわふわとした浮遊感を体験し、よく分からん諦観にも似た珍妙な悟りを開き、例えば脳内にあるモヤついた黒点が膨張して体に電撃が降りかかり、頭の中ではアイルランドの少女が歌ってるという始末、果てに空間と同一化するような境地に到達し、目を覚ました途端、腹痛も激臭も吹っ飛び、俺はバスの外を見てゲラゲラ笑いだした

途端、隣を見たことのある体が通り過ぎる。病院前のバス停で、例のキメラが降りて行ったのだ。
それに続いて父親も付いていくのだが、荷物が多くて段を降りられない。普通の親子ならば荷物を持ってやるなり、手を引くなりするんだけども、この息子、バスを降りたきり背伸びをするばかりで一向に見向きもしない。
ここで父親がぶち切れる。
「わりゃ、荷物持たんかい、ボケ!!」
バス中に響き渡る声で外の息子に怒鳴り散らす。
「あがぁ、おどりゃぁ、んなとこで伸びとらぁ、がぁしくさりやがりゃぁぁぁ!!!」
と、アラビア語混じりの罵詈雑言を浴びせかけるが、息子は頭がイってしまっているのか、それとも父親が嫌いすぎてどうしようもないのか、一向に動じない。バス内に不穏な空気。

暫く似たような問答を繰り返した後、一向に手を出さぬ息子と降りられぬ親父に業を煮やした運転手が「息子さん、荷物持ってあげて!!」と怒鳴る。息子はなおも動かない。俺の後ろに座ってる競馬帰りのおっさんが舌打ちする。運転手は時計を見てイラつく。息子は、クソ親父さっさと降りてきやがれと眉間に皺を寄せる。父親は菅原文太のような怒号を捲し立てる。俺は腹が痛い。バスはこの瞬間、日本で最も殺伐としていた。

ややあって、見るに見かねた周りの人たちが手を貸し、父親は何とか降りられたが、この馬鹿息子、父親の真っ赤な顔を見て眉一つ動かさず、自分の荷物だけを持って歩き出した。
運転手はそれまで「発車します、ご注意ください」だったのがッシャッシャッシャァァァー!!!になった。黄信号を無視して爆走する。

このやり取りを、目をひん剥いて鑑賞していた隣の老婦人は、俺に向かって「いやぁ、すごいねぇ……」と話しかける。
俺は心の中で、否、確かに凄いが微々たるものだ、今この空間で一番凄いのは一向に治まる気配の無い俺の腹痛、二番目はあんたのそのえげつない臭い、あんなどこの馬の骨とも知れぬ親子のやり取りなんぞは銅メダルだ、と云う皮肉を込めて満面の笑み。

バス停について、隣の老婦人に「すいません、降ります」と云うと、「あら、はいはい」と云いはするものの、立つのが面倒臭いのか、足を後ろにちょっと引込めるだけ。
ただでさえ狭いというのに、この腹痛の日に限ってこんな隙間を通れと抜かし腐るのか、クソババア、やはりお前には年金などびた一文払わぬ、憤懣やるかたない、歯を食いしばれ、てな具合で無事家までたどり着き、冷や汗で濡れた服を廊下に脱ぎ捨て、トイレに籠った。



いとをかし、いとをかし
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プロフィール

寂々兵

Author:寂々兵
東京の映画祭や名画座に日々指を咥えている田舎在住の一介の映画好き。フリーの事務屋とは名ばかりのふらついた生活を送っています。

好きな監督は
ジャン=ピエール・メルヴィル
ロバート・アルドリッチ
クロード・シャブロル
アレックス・デ・ラ・イグレシア
フリッツ・ラング
岡本喜八
野村芳太郎
など。

最近は専らゼロ年代の北欧ミステリ、海外アニメーション、80年代前後の未DVD化作品の大海をさすらってます。

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