遁世雑記其ノ十 「バス日記4 ニーハイ美人と円盤老婆、往々にして春」

けったい(関西弁で"奇妙"の意)なオバハンはどこにでもいるものである。
例えるならば、先月に書いた記事の騒音ババアなどがその典型であって、1日4本×3年もバスに乗ってりゃそれはもう色んな人間がいるわけで、ネタの尽きないバス日記なんだけども、その中でも私がバス日記を書くに至ったきっかけとなった、けったいなオバハンの話でもしようと思う。

あれは私が2回生の春であるから丁度2年前の今頃のことであった。
通学のため、私がバスの座席に座っていると、途中で25歳~30歳ほどの女性がK停留所から乗ってきた。
その風貌たるや魅力の塊そのもので、黒髪ロングストレートに前髪ぱっつん、小顔に黒のカーディガン×ミニスカ×ニーハイという革命的な形振りをしており、これでもし眼鏡なんかをかけていようものなら公共云々を差し置いてでも丁重に襲わせてくださいというほどに感動的な光景であった。

さて、この女性が通路を挟んで反対側、つまるところ私が右列に座っているので彼女は左列の1つ前に座ったものだから、私の目線では絶対領域が光り輝いて見える位置に聳えているのである。私はコンマ数秒を競う速さで、しかしさり気なく鞄から茶縁の眼鏡を取り出し、これを冥途の土産にしてやろうかといった勢いで其れを凝視していた。(特に大学等で私をクソ真面目君と勘違いしている諸兄、諸姉に云いたいんだけども、ご覧の通り私は変態なのでよろしく)

バスは進み、Oバス停に到着した際、一人のご老人が乗ってきた。禿げた頭に眼鏡、杖と云う、老人たる老人が前方の席に着き、扉が閉まる。そして運転手が「発車します、ご注意ください」と云った瞬間にそれは起こった。

先ほど絞められたドアが物凄い音で叩かれたのである。ドンドンドン! ドンドンドン! と、太鼓の達人の練習なら家でやれと突っ込みたくなるほどのリズムを奏でながら、扉は鳴らされた。しかしながら、物を飲み込んだ直後に物を飲み込むのが不可能なように、一度閉まりかけたドアをすぐにまた開くというのは機械の都合上無理なわけで、再びドアが開かれるまでの間に合計20回にも及ぶ太鼓が叩かれた。

これには乗客の誰もが度肝を抜かれ、さすがの私でさえも件の女性から3秒ほど目を離すという大失態を犯したのだけども、ドアの向こうに立っていたその人物の姿を見たときは、脳天を突き破るほどの衝撃を受けた。







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そこに立っていたのは湯婆婆であった。
否、生物学的に云えば"湯婆婆モドキ"なのだと思うが、その円盤頭たるや明らかに湯婆婆である。いや、もしかしたら銭婆の方かもしれないとかそういうことを云ってる場合ではない。

私は右目で湯婆婆、左目で女性を眺めるというギネスに載るほどの神業を成し遂げていたのだが、やはりその老婆の外見は一言二言で形容し難いものであった。老婆はバスに乗り込むなり、運転手に向かって「ふぉぉ、ふぉぉぉ、すいましぇん、ありがちょう、くごぽーー」神の加護を受けたスラムの住人みたいな言葉を発していたのだが、まぁ、こんなけったいなオバハンもおるやろと、気にせずに女性を視姦していたところ、筆舌に尽くし難い事件が発生した。

あろうことかその老婆、華麗なる絶対領域を持つ女性の横に座ったのである。と云うよりも、その老婆が無理やりに座ったと解釈すべきか、とにかく老婆は女性の横に立ちはだかり、「ふぉぉぉぉ、すいましぇん、あしょぺひーーー」命乞いするショッカーみたいなことをがなり立て、女性も半ば押し切られる形で横に詰めた。

さて、これで私の視界に入りやがるのは、嗚呼、風光明媚なる絶対領域から湯婆婆の円盤頭である。たわけが。「人生なんてこんなもんだよね」と諦観しつつ、駅に着くまでぼんやりと過ごした。

次の問題が発生したのは終点駅前に着いたときで、何をとち狂ったかその湯婆婆、バスが停車するなり凄い勢いで前方に駆け出し、何事かと思い傍観していると獅子奮迅の及び腰で両替を始めた

私はこの浮世においての嫌いなものが色々とあり、偽善者だとか、歯医者とか、虚栄心の強いやつとか、自己中とか、まぁ色々あるんだけども、その中の一つが「両替をするにも関わらず後ろで待たない人間」なのだ。

今更ながら、私の地域のバスと云うのは後乗り前降り後払い方式なので、その湯婆婆が両替機の前を占拠することで、乗客全員が立ち往生することになる。急いで居る時にこれをやられると殺意さえ湧くのだ。公共マナーをわきまえている人は、両替をする場合は全員が降りるのを待ってから動いたり、横に避けたりするものである。

私はイライラしつつも席を立ったところ、斜め前方の女性が同じく通路に出ようとしていたので、「お先にどうぞ」の意味を込めて紳士的にさっと手を差し出すと、女性はニコッと笑い、軽く礼をしてくれた(昇天)

この出来事が人生の絶頂だと切ないなとわけのわからんことを考えつつ、その女性の後ろを歩いていたところ、身の丈173の私と同じくらいの、女性にしては高身長であることが判明した。しかも香水とは違う、女性独特の良い香りをプンプンさせていやがったので、「嗚呼、何ちゅう匂いを発しとるんじゃこのアマ、ボケが、ええ加減にせぇよ、こんな薄汚い私と結婚してくださいと心の中で念仏のように唱えていた。

こんな素敵な妄想に耽っている間にも湯婆婆は動じず、と云うのも、どうやら湯婆婆は両替の方法や値段がよく分からぬらしく、運転手と色々と問答をしていたのである。運転手が「後ろのお客さんの邪魔になりますから」と云っているのだが、それに対して湯婆婆は「ふぉぉ、ぉぉ、ちゃうねん、なんでや、ふぉぉぉ」宇治市を京都と認めないと云われた安田美沙子みたいな反応を見せつけ、他の乗客をイライラさせ続け、そして前の女性は私をムラムラさせ続けやがった。嗚呼、往々にして春。

埒が明かないと思ったのか、湯婆婆の後ろにいたサラリーマン風の男性が強行突破の勢いでバスを降りたので、それに続く形で眼鏡の老人、女性、そして私も降りて行った。私が湯婆婆の横を通った際、彼女は「くがぽぇぇ、すいましぇぇ、けごほぉぉ」と云ってきた。ちくしょう、長生きしろよ。

バスを降りて駅前の大通りを歩き、学校行きのバス停に並ぶ。そこで偶然友人と会い、他愛も無い会話を交わす。絶対領域の美人とは別方向であった。一期一会。無常。

すると、ふと数メートル離れたバス停から、聞き覚えのある音がした。ドンドン! ドンドン!
見ると、先ほどの湯婆婆が、今にも発車しようという別のバスを引き留める形でドアを乱打していた。
友人が「けったいな婆さんやな」とぼやく。同調。
湯婆婆は無事バスに乗れたようで、遥か遠くから「ふぉぉぉぉぉ」と聞こえてくるようであった。


いとをかし、いとをかし
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寂々兵

Author:寂々兵
都会の映画祭や名画座に指を咥えながら日々を過ごす田舎在住の一介の映画好き。奇怪、不穏、不条理といったテーマの映画に惹かれますがフランスのラブコメも好きです。最近は80年代前後の未DVD化作品の発掘に邁進中。たまにライターなど。将来の目標はヒモ。

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