遁世雑記其ノ十五 「バス日記9 ディストピアジジイはもう現れない」

朝も早よから、ハーマイオニーの「良い? レビオーサよ! あなたのはレビオサー!!」という発言が脳内を堂々巡りしていてぶち切れそうだった日のことである。学校行きのバス停に立っていると、浅黒い肌にグラサン、アロハシャツに禿げ頭にバンダナという風体のジジイが横に立っており、俺をガン見していた。思わず俺の脳内のロンが変な呪文を唱えるあまり老人版ディメンターでも召喚したのかと冷や汗が出たが、「しぃません」と日本語(?)を喋っているので一安心した。
俺が茫然と「はぁ……」と返事をすると、ジジイは
「しぃません、財布を落としちゃったんですわぁ、財布を、うぉぉ、うぉぉ」と、麻薬やってる渡辺哲みたいなイントネーションで捲し立ててきた。
俺はあまりの出来事に、いつの間に姫路はゴッサムシティになったんだとわけのわからんことを考えながら、「はぁ……」と再び曖昧な返答。
「財布をね、どこかに、落としちゃって、うぉぉ、うぉぉ」
「はぁ……」
「1000円だけでいいんです、貸して、ほしいんですわぁ」
「……え?」
「市役所まで、行きたいんですわぁ、名刺は渡します、名刺は、うぉぉ」
「……はぁ」
と、字面だけ見たらただのコミュ障の会話なんだけども、ゴッサムシティで突然浅黒いジジイに絡まれて動揺を隠せない俺の心中も理解頂きたい。

つまるところこのジジイは財布を失ったが為に金を持ち合わせていない、しかし市役所に行くには金がかかる、老人の足腰では歩けぬので金を寄こせとこういうことである。
しかし待てよ、市役所行くのになんで1000円もいるんだ。往復でも精々400円くらいだったはず、お前絶対この後の昼飯代を加味してるやろ、駅構内にある美味いうどん屋で一息つくつもりやろ、何たる傲慢なジジイ、若者から年金を摂取してその上昼飯代まで取りくさるか、成敗してくれようという思考が一瞬で駆け抜け、俺は「いやぁ、学生なんで持ち合わせがちょっと」とわれながら意味不明な断り方をしていた。
しかしジジイは食い下がらない。
「いやぁ、しぇません、そう云わず、500円でもいいんです」
ははぁ、この戦法はジャパネットで見たことあるぞと思いながら、バスが来るまでまだ時間があることだし、問答を続けるのも面倒だと思い、500円で厄介払い出来るならとそそくさと渡した。
ジジイは「しぃません、しぃません」と云いながら名刺を寄こしてきた。会社名と名前が書いてあったが、本当かどうか怪しいものである。
その後に携帯の番号も教えると行ってペンを取り出してきたが、もしその番号にかけて山口組にでも繋がったら困るので、それはさすがに断った。
ジジイは、一応は市役所行きのバス停に向かいはしたものの、その後どうなったかは知る由もない。
俺はバスに乗り、どこぞのジジイに500円を取られた事実を再認識して苛立ちが募ってしまい、その日以来ハーマイオニーを見ると嫌悪感を抱くようになった。


そしてつい先日。俺は再びバス停に立っていた。
Base Ball Bearの関根嬢がいつの間にか人妻になっていたと知ってぶち切れそうだった日のことである。
気付くと浅黒い肌に小さい目、皺の寄ったシャツにバンダナという風袋のジジイが横に立っており、俺をガン見していた。
なんだこれは? 前回とどこが変わったか当てるゲームか? と思いながら唖然としていると、「しぃません」と声をかけてきた。
ははぁ。これはアレだ。常習犯ってやつだな。
実際のところこのジジイは財布など落としておらず、バス停の人々に無一文の哀れなジジイだという印象を与えて慈悲を乞い、僅かばかりの金を巻き取っているわけである。
何たる不届き。今回は怒りのベクトルが爆裂する場所を探していたところであり、これは僥倖、一切合財をこのジジイにぶつけてやろうと覚悟した。
「財布をぉ、財布をぉ、落としまして、うぉぉ、うぉぉ」
「はぁ」
「1000円だけでも、貸してほしいんですわ、うぉぉ、うぉぉ」
「前もやろ」
「え?」
「あんた前もやろが。ええ加減にせえよ」
「いやぁ、前いうてそんなん、ありませんがな、500円でいいんです、名刺を」
「持っとるわその名刺。あんた○○区の大○やろ」
「いやぁ、いやぁ、無理ですか、うぉぉ、うぉお」
「他を当たってもらえますか」
高圧的な態度を持って強欲ジジイを追い返す。しかし俺の怒りは晴れない。ちくしょうが。ハーマイオニーが生意気なことも、関根嬢が人妻だったことも、コナンのベルツリー急行編がオリエントの模倣すぎて萎えたことも、全部このジジイのせいだ。万物の責任はジジイに有り。森羅万象を背負って無残に死ね。天誅を臥して待て。

よもや常習であることを見抜かれた俺の目の前で、他の人に威風堂々たかることもあるまいと注視していると、近くの椅子に腰かける。ははぁ、俺が消えるのを待ち、それから再び仕事に取り掛かるわけか、何たる団塊の驕傲、こんな奴に貴重な500円を取られたかと思うと再び虫唾が体中を駆け巡る。学校へ向かうバスが来たのでそそくさと乗り込み、一番後ろの席に座り、窓からジジイを凝視して、暫くの間コイツがどんな人生を送ってきたのか妄想ストーリーを繰り広げていると、ジジイ、バスに乗ってくる





おいちょっと待て命だけは






並々ならぬ生命の危機を感じ取った俺は無意識にカバンに手を突っ込み、武器という武器を探すがまともに戦えそうなものがクリアファイルの角くらいしかない。相手はジジイとはいえ、ハワイでジムのトレーナーでもやってそうな筋肉質である。こんなクリアファイルをかざしてみたところでベコンと一発で終いだ。やり残したことは腐るほどある。俺は林真理子ではないが、どんな底辺のジリ貧であれやりたいことを全部やる人生にしたいと常日頃から考えている。こんなところでハワイアンに消されてたまるか。
俺は小学校の頃に藤山君をぶん殴ったこと以外特に使用していない右手に力を込めて機を待っていた。平和主義者の俺がそんな暴力沙汰をという意見もあろうが、そもそもあれは藤山君が悪いのだ。音楽の授業で、俺は以前から木琴がやりたいと公言していたのに、藤山君が当日に突然俺も木琴がやりたいとふざけたことを云いはじめ、結果ジャンケンになり俺が負けた。そうして木琴を担当することになった藤山君は、俺に謝るどころか「うーちゃんは鉄琴でもやってりゃいいよ」とのたまいやがった。許せない。何たる不届きだ。そもそも藤山君というのは4丁目に住んでるものすごい天パの……まぁ藤山君の話はいいか。 

そんなこんなで、俺が妄想の中で藤山君をフルボッコにしてる間に、ジジイは前方の席に腰を下ろしていた。
財布を取り出し、前にもらった名刺を凝視する。○○区の大○。この明らかに県民じゃない名刺も怪しすぎる。まぁこんな紙切れははるかぜちゃんの遺書くらいどうでもいいので、捨てても差し支えないんだけども、何が起こるか分からないので一応持っておく。

バスは進み、3つ目の停留場に差し掛かった時、ジジイが重い腰を上げた。震える手で投入口に100円玉を入れ(金持ってんのかよ)、バスを降りたジジイは俺に一瞥くれるでもなくゆっくりとした足取りで後方に去っていった。
俺はもう二度と会うこともないだろうと感傷に浸りながら、財布にしまおうとした名刺をふと裏返すと、そこにはミミズが這うような汚い字で「次の木曜、バス停にてお返しします」と書かれていた。








ジジイはもういなくなっていた。









いとをかし、いとをかし


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プロフィール

寂々兵

Author:寂々兵
都会の映画祭や名画座に指を咥えながら日々を過ごす田舎在住の一介の映画好き。奇怪、不穏、不条理といったテーマの映画に惹かれますがフランスのラブコメも好きです。最近は80年代前後の未DVD化作品の発掘に邁進中。たまにライターなど。将来の目標はヒモ。

*好きな監督*
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クロード・シャブロル
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